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旅行記っぽい話「世界遺産と私」 第1章 アメリカ編

若干大げさなタイトルですが、私が訪問した数少ない世界遺産を旅行記風に語ろうと思います。本当に数少ないので関係ない話が多くなるかも知れません。そんなわけで遠い記憶を引きずり出してみます。

僕はアメリカに行った
まずはアメリカでしょうか。遠い遠い過去です。ほとんど記憶は残っていませんが、行ったことは知っているという感じです。
二十数年前、若干3歳の頃のことです。私は父と母に連れられてアメリカ合衆国へ移住しました。移住というのも大げさで、実際は数ヶ月間住んだだけです。父が仕事で米国に数年住むことになったのですが、せっかくなので母と私もおまけ的にしばらく試しに住んでみたといったところでしょうか。

居住したのはニューヨーク近郊の小さな都市の公団風アパートの2階の端の部屋です。2、3個の部屋とキッチン、バスルームなどがあったのではないでしょうか。部屋の中の記憶はおぼろげですが、隣に公園があり、窓から見下ろすことができたことは覚えています。多分そこで遊んだりしたのでしょうが、それも特に記憶には残っていません。
私は幼稚園だか保育園だかよくわかりませんが、地元の子供向けスクールに通っていました。これまたほとんど記憶が残っていません。英語は理解できてないはずなのでどうやってコミュニケーション取っていたのか不明です。

もう1人日本人の子がいましたので、その子と一緒にいることが多かったのではないかと思われますが、私と黒人の子がおもちゃで一緒に遊んでいるっぽい写真が地元の新聞に掲載されたことがあります。その記事は、子供は言葉がわからなくても分かり合える、という内容のものだったようです。ですが、本当にその子と遊んでいたのか、たまたま近くにいただけなのかはよくわかりません。でも、まあ適当に楽しんで過ごしていたのかなと思われます。

僕はウンコを踏んだ
私が米国に住んでいた間で覚えていることは非常に少ないのです。その数少ない記憶(と言っても曖昧)と言えば、犬のウンコを踏んだこととゲボを吐いたことの2点は外すことが出来ません。と言うかそれ位しか覚えていません。やや汚い記憶ですが、幼少の頃ですので、そのような出来事の方が脳に残るのではないでしょうか。

まずはウンコを踏んだ話ですが、どこでどんな風合いのウンコを踏んだのかはあまり記憶にございません。ただ、推測ですが、おそらく犬のウンコだったのではないかと思われます。確かにアメリカには自然が多く、多種の動物が生息しておりますが、踏んだ場所はおそらく街中、少なくとも何らかの施設のある場所の近くだった可能性が高いですので、野生のバッファローなどではないと推測されます。
何かの科学雑誌で人間が踏む糞の80%は犬のものであり、都市部に5km近づく毎にその割合が2%上がっていくというデータが載っていたような記憶があるような気もしますが、ないような気もします。あまり明確な記憶ではありませんので、あくまで「そんなデータもあるのかもしれない」と捉えてください。ちなみに、その他は牛が5%、馬が4%、ヤクが1.2%、ラマが1%などです。ちなみに人糞は0.8%です。もう一度言いますが、全く明確な記憶ではありません。
とりあえず確かなのは、その踏んだウンコが恐ろしく酷いにおいを発していたことです。靴底にべっとりと付いていたのも確かです。溝の部分にぎっちり詰まっていました。草が混じっていました、かどうかは不明です。

僕はゲボを吐いた
次はゲボを吐いた話です。あれはパーティーの日でした。本当にパーティーだったのでしょうか? よく覚えていません。と言うか、パーティーなんか開くのでしょうか。アメリカなので開くような気がします。とりあえず、自宅アパートか近所に住む日本人の家かはわかりませんが、家族以外の人間が結構いたように思います。
そして、そこで私はなぜかステージに立っていました。そう、私にはスポットライトが当たっていたのです。か、どうかはわかりませんが、何となく皆の前で小さい台の上に立っていたような記憶があります。おそらく、そこで何かの歌を歌っていたのではないでしょうか。何の歌を歌っていたのか覚えていませんが、ウルトラマンとか戦隊物あたりの主題歌などではないかと思われます。

ゲボッ!! 歌ってる途中に吐きました。歌っている時か歌い終わった後か歌う前かよくわかりませんが、吐きました。私の脳裏に今もヴィジョンが残っているのです。皆の前で、着ていたシャツに少量のゲボをぶっかけたヴィジョンが。
鮮烈なネーブルオレンジ色でした。カリフォルニアの太陽の色にも似ていました。が、ここはニューヨーク近郊なので全く関連がありません。しかし、そんな色のゲボがあり得るのでしょうか。オレンジでも食ったのでしょうか。となると、やはりカリフォルニアが関係しているかもしれませんが、おそらく関係ありません。

実のところ、アメリカ生活における食生活に関してはほとんど記憶がありません。ですから、普段どんなものを食っていたのかよく覚えていないのです。ですが、記憶に残っている数少ない食品の一つにガチャガチャのような機械で販売されているお菓子があります。そのタイプのお菓子が色々と種類があったと思いますが、ある日私はそのガチャガチャで小さい茶色いキャンディーっぽいお菓子を買いました。そのお菓子が恐ろしくクソまずかったのです。私が歴代食ったもの中でもピカイチのクソまずさでした。まずいと言うより、よくわからない謎めいた味です。
どういう味だったのかは思い出せませんが、しいて言うならほろ苦い泥の味でしょうか。さすがに泥の味ということはないでしょうが、まずさ的にはそういう類のものだったように思われます。食い物と言えない味でした。アメリカのお菓子はやけにまずいという強烈なインパクトを受けたものです。

しかし、近年になって、ひょっとすると実は子供だったからまずく感じたのであって実は通な大人向けの味だったのではないかという可能性も浮上してきました。
そうです。イカの塩辛とか蜂の子とかそういう子供が食わない(かどうかよくわかりませんが)食べ物。そういう珍味系のお菓子だったのではないでしょうか。
いや、そんなわけないように思います。ガチャガチャのお菓子を大人が買うわけないのではないでしょうか。あれは単純にクソまずかったのです。それで決定です。
で、私はそのお菓子を食べた日の夜にゲボを吐いたのではないかと推測してみたのですが、正直、その関連性は全く定かではないと言うか、よく覚えていません。

ウンコとゲボと鈴木君 in Japan
ところで、ウンコとゲボと言えば、その相関性について私が体験したある不思議な思い出があります。
あれは小学校4年生の時です(もちろん日本に住んでいました)。その年、私の学級ではなぜかゲボが一大ブームとなっており、数日に一回は誰かがゲボを吐いていたのでした。(そして、周りの人が後処理をしていました。)「なんか気持ち悪い…」とか言ってゲボッと吐くのです。吐く場所は教室、廊下などですが、基本的にはいつでもところかまわず吐いていたように思います。
その一年間でクラスの半数以上が学校でゲボを吐いたことでしょう。今思い出してもあれは異常でした。別にインフルエンザが流行ったともエボラ出血熱が流行ったとも聞いてません。だが、人々はゲボを吐き続けたのです。

で、ある日の算数の授業中でした。いや、国語だったかも知れません。社会だった可能性もあります。が、学級会(クラスでの討論)の時間ではなかったことは確かです。
その日は良く晴れていました。いや、雲も結構出ていたかも知れません。雨が降っていた可能性もあります。が、雪は降っていなかったことは確かです。冬ではありませんでした。
私は前から2番目、窓側から3番目の席に座っていました。2時間目、もしくは3時間目、いや4時間目だったかもしれません。校舎の3階の教室で、担任の某S先生の白熱する授業が行われていました。

始まって20分頃、その授業の中盤の辺りでしょうか、私の左隣の席の山田さん(仮名)が言いました。「先生、鈴木君(本名)が……。」私はその山田さんのさらに左隣の、つまり私の2つ左隣の席の山田君を見ました。そしたら、なんと鈴木君、授業中にもかかわらず机にうつ伏しているのです。しかも、さらに何か食っているのです。
それが、なんとなんと、ウンコを食っていたのです。しかも山盛りのウンコです。仰天しました。こんなスカトロジックな光景は見たことがありませんでした。が、よく見るとそれはゲボを吐いていたのでした。そう、やや淡い黄土色のゲボです。
「またやったか」と思いました。お前らゲボ吐き過ぎやねん、と私は呆れました。鈴木君はピクピクしていました。大丈夫でしょうか。誰かが保健室に連れて行きました。そのゲボの処理は誰がやったのでしょうか。覚えてませんが、私は席が近い割にはやっていません。多分、先生がやってくれたのかと思われます。S先生も大変でしたね、こんなゲボクラスの担任で。

これが私の体験したウンコとゲボの相関性です。あまり相関してないでしょうか。と言うか、どうでもいいでしょうか。でも、一度語っておきたかったのです。別にここで語る必要もありませんでしたが、何だか勢いで書いてしまいました。

子供はもう半ズボンを履かない
で、私はどうだったのかと言うと、強い羞恥心を持っておりましたので人前でゲボることはありませんでした(アメリカでのゲボは幼少の頃なので別ですが)。と言うか、特にゲボを吐きたくなることはありませんでした。私は健康優良児だったのです。風邪などで学校を休んだこともありませんでした。冬もずっと半ズボンでした。そう、今は消滅してしまい見ることのできなくなった(とも言い切れませんが)半ズボン少年だったのです。

先日、カフェでふかし芋を食いながら某新聞を読んでいたのですが、そこに載っていた記事によると最近のクソガキは半ズボンではなく膝丈の短パンを履くそうなのです。なるほど、確かに今時半ズボンではかっこわるいし、短パンの方がかっこいいと思います。いくら私がかつての半ズボン少年だったとはいえ、別に反対などはしません。好きな、自分の気に入ったズボンを履けばいいと思います。
ですが、その記事によると実は半ズボンが消えた理由は格好の問題だけではないようなのです。私が小学生の頃はパンツと言えば白のブリーフこそが唯一絶対的な存在だったのですが、最近の小学生はブリーフをかっこわるいと思っているのかしりませんがトランクスを履くようになったというのです。その結果、半ズボンを履くと隙間から大事なブツが覗けてしまう、つまり「玉ポロ君」になってしまうという理由で膝丈のズボンを履くようになったというのが実情のようなのです。と、新聞記事に書いてあったように思います(やや違うかもしれません)。

私はこの記事を読んで顔をしかめました。私は短パンには賛成ですが、子供がトランクスを履くことには反対の意見を持っているのです。
男用のパンツは主にブリーフ、トランクス、ボクサーブリーフの3タイプに分類できます。ビキニやTバックなど通好みのものもありますがここでは例外とします。まず、トランクスの特徴として、breathability(通気性)に優れているが、Stability(安定性)に欠けることが挙げられます。ベーシックオブベーシックな下着であるブリーフは優れた安定性を持ち、ある程度の通気性も持っています。比較的近年登場した男用パンツのニューウェーブ(と言うほど新しくもないですが)であるボクサーブリーフは抜群の安定性を持っていますが、通気性には難ありです。高断熱、高気密の最近の住宅に似ていると言えます。
もちろん重要なのはマテリアル(素材)で、通気性の高い生地を使ったパンツを履くにこしたことはありません。ですが、この格差社会でクソガキに良い素材の高級パンツを買い与える余裕もないでしょう。

で、私が問題としているのは、その安定性に欠けるトランクスをまだ成長しきっていない小学生以下の男児が履くと睾丸部がゆらゆらと不安定な状態で生活することになるということです。金玉というのは人間の人格形成において非常に重要な役割を果たしておりまして、それが物理的に不安定な状態だとホルモンなどの物質の流れが悪くなる可能性があると言われているかも知れず、その状態が長く続くと精神まで不安定になってしまうことがないとは言い切れないのではないかと危惧しているのです。
つまり、幼少からトランクスを履き続けていると将来的に不安定な人間になるのではないかとこのトランクスブームを憂いているのです。

よって、小学生男児の履くパンツとしてブリーフを推奨いたします。さらに、そのブリーフの色は純潔、純粋を意味する白が良いとされています。白以外のパンツを履いて成長すると将来的に酒やドラッグや女に溺れる可能性が7%高くなると推測されていると言われています。
そのような理由により、白のブリーフを文科省推薦とすべきだと思います(できれば学校法で制定すべきです)。
私は小学校の卒業式で「巣立ちの歌」を歌いましたが、白ブリーフを履いていなければ巣立って羽ばたくこともできないでしょう。白ブリーフは雛鳥にとっての巣のようなものなのですと言うと言いすぎでしょうか、もしくはいまいちよくわからないでしょうか。

さらばUSA
やや話がそれ過ぎてしまいました。話を戻しますと、私は何となく適当に数ヶ月間のアメリカ生活を過ごし、日本へ帰国したのです。その時には4歳になっていました。その後は日本で適当に育ち、今に至ります。

僕は忘れていた
寝付かれない夜でした。部屋は真っ暗で遮光カーテンの隙間からほんのわずかな街頭の明かりが入ってくる程度です。静まり返る夜の音。私は心のどこかにかすかな気がかりが残っているように感じました。それが何なのか……。

そう、何かを書き忘れているのだと気づきました。大事な何かを。それを書いていないことにより、この文章が完璧でない、つまりクリープの入ってないコーヒー、またはダシの入ってない味噌汁、またはピクルスの入ってないハンバーガー、またはツナの入ってないサンドウィッチ、またはソーセージの入ってないホットドッグ、または骨のない骨付きカルビ、または脂身のない豚の角煮、またはキャラメルコーンの入ってないキャラメルコーン(豆Only)、またはイチゴの乗ってないショートケーキ、または海苔の乗ってないざる蕎麦、またはネタの乗ってない寿司、またはバブの入ってない風呂、またはお湯の入ってない風呂、または便座のない便器、または便器のない便所、または便所のない家、またはパンダのいない動物園、またはマンボーのいない水族館、またはグリズリーのいないアラスカ、または富士山のない日本、またはアリを食わないアリクイ、またはもぐらないモグラ、または屁をこかないスカンク、またはジョーカーのないトランプ、または猪鹿蝶のない花札、またはシールの入ってないビックリマンチョコのような代物であると感じました。

と言うわけで、その忘れていた世界遺産ですが、私がまず間違いなく訪れたと思われるのはグランドキャニオンです。行ったことは全く覚えてないのですが、写真に残ってたので行ったのは間違いありません。グランドキャニオン上空をセスナ機で飛んだようです。母が言うには私はずっと寝ていたそうです。そうでしたか。寝てましたか。だから何も覚えていませんでした。ですが、写真で見る(それも昔の話ですが)グランドキャニオンは雄大で地球の力強さを感じずに入られませんでした。
もう一箇所訪れたと推測される世界遺産があります。ニューヨーク・シティ湾のリバティ島に立つ自由の女神像です。こちらも全く記憶にございません。と言うか、実際に行ったかどうか不明です。が、ニューヨーク・シティーのマンハッタン島に降り立って闊歩した事実は確認されています。ひょっとすると実家の押入れの奥からカビの生えた古いアルバムを取り出して見てみれば自由の女神像の写真が発見される可能性もありますが、圧倒的に面倒くさいので今後30年はやることはないでしょう。私としては訪れた可能性が推定75%と考えています。
以上が私が訪れた世界遺産です。とりあえず2つですね。ちなみにあとナイアガラの滝に行ったのは覚えています。あれは世界遺産ではありませんが。

終わり
さて、途中で若干話がそれましたが、これでこの章は終わりとさせていただきます。
次は「第2章 日本編」ですが、今度はあまり話がそれないと思われますのでよろしくお願いいたします。

第2章 日本編

(写真がないので)ハイライトシーンをヘタクソな絵で再現。
ゲボッ!
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